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公園前の海は関門海峡の一番狭まったところで早鞆の瀬戸といわれ、潮流も一番速く、代表的な関門海峡の景色を見ることができます。 ここはまた、源平壇之浦合戦の古戦場であるとともに、幕末の攘夷戦で外国船に砲撃した砲台跡でもあります。


壇ノ浦の合戦で入水した安徳天皇と平家一門を祀った神社。 朱塗りの水天門や本殿は竜宮城を思わせます。 境内には安徳天皇御陵、平家一門の七盛塚、耳なし芳一堂、重要文化財を蔵する宝物殿などがあります。 5月2~4日に行われる先帝祭では上臈参拝が全国的に有名。


貞観元年(859)宇佐神宮より分霊を勧請(かんじょう)し創建されたと伝えられる古社で、市民からは「関の氏神」として親しまれています。 2月の凧上げ大会、5月の八丁浜、7月の夏越祭の花火大会ではとくに多くの観客でにぎわいます。


下関の新しいウォーターフロント「あるかぽーと下関」に2001年4月誕生した水族館。
「海のいのち、海といのち」をコンセプトに約400種、1万5000点の水族を展示しています。海や水の中で暮らす生き物たちを通して生命の素晴らしさ、自然と人間との関わり合いや自然保護について理解を深める展示を行っています。


明治33年(1900)に建てられた下関に現存する一番古い西洋建築です。外壁のレンガは厚さ60センチという堅固なもので、建設は逓信省技師の三橋四郎です。
また、現役の郵便局舎の中では国内最古です。
中には建物に関する資料展時コーナーがあります。


明治34年(1901年)に開設された国内で7番目に古い領事館。
明治39年(1906年)英国の建築家ウィリアム・コーワンの設計によって建てられた2階建、赤煉瓦作りの建物は現存する旧英国領事館の建物としてはわが国最古のもの。
内部に7カ所あるアールヌーボー調のタイルに彩られた暖炉は必見。


屋根に突出した塔屋がひときわ印象的なこの建物は、大正4年(1915)に秋田商会の事務所兼住居として建てられたものです。秋田商会は日清戦争以後の海外進出機運に乗って創設された海運会社で、海外貿易を主な業務にしていました。
当時海岸が間近に迫り、屋上の塔屋は灯台の役目をしていました。


金子みすゞは、大正12年(1923)、20歳の時故郷の長門市から下関に移り住み、西之端町にあった商品館の上山文英堂という書店で働きながら、童謡詩の創作活動を行い、文学雑誌に次々と作品を発表しました。
彼女が亡くなった地の近くにある寿公園には彼女の文学活動を顕彰するレリーフがあります。


下関は昔から山口県西部地域はもとより、北部九州地域の台所として親しまれています。
「唐戸市場」が2001年4月に装いも新たにリニューアルオープンしました。
鮮魚や干物、加工品などを卸売りしている「おさかなセンター」や新鮮な魚介類を使った食堂などを備えています。食堂は合計で2店舗です。


明治28年(1895)、日清戦争の講和会議が下関の「春帆楼」で開かれ、清国の李鴻章と日本の伊藤博文の間で日清講和条約(下関条約)が締結されました。
その会議で使用された調度品やその他貴重な資料を公開、展示するために春帆楼に隣接して建てられたのが、この記念館です。
